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いとうせいこうのど忘れ書道 その一

いとうせいこうのど忘れ書道 その一

 年々物忘れが激しくなってきた私は、2007年の初頭から、“ど忘れ”をするたびにスケッチブックに大きく、忘れた事柄を書道することにした。
 自分が何を忘れたかをしっかりと認識し、二度と忘れないようにするためである。
 今回お見せするのは、2007年1月の“ど忘れ”と、9月の“ど忘れ”だ。
 私の脳内のブラックホール部分へと、みなさんと共にトリップしたいと思う。

 まず、1月。
 「はしのえみ」を忘れた悔しさが如実にわかる。なにしろ筆の勢いが違う。
 また、「中山秀ちゃん」という書にも深い味わいを感じる。なぜなら、「秀」のあとに何が付くのか、私はこの時点でも思い出しておらず、いわば見切り発車的に「秀ちゃん」と書いているからで、書にはその姑息さがにじみ出ているのだ。
 それから、バナナマンの設楽くん、許してくれ。私は君たちと何度もからんでいるのに、ついついコンビ名を“ど忘れ”してしまった。そして、今、もう一人の名前が出てこない。
 最後に、小さく小さく書かれた「ジュリア・ロバーツ」にご注目いただこう。
 私は自分がジュリア・ロバーツについて何か考えたこと自体を恥じているわけである。しかし、ルールはルールだから、私は“ど忘れ”の対象、ジュリア・ロバーツを書にしたのだ。この名前を二度と忘れまい、そして思い出すまいと私は己に誓い、1月を生きた。

 だが、9月、私はまたもジュリア・ロバーツを思い出そうとし、見事忘れたのであった。
 なぜそこまで私はジュリア・ロバーツを脳裏に浮かべようと試みるのか。実のところ、私はジュリア・ロバーツをものすごく愛しているのではないか。しかし、それならばなぜ“ど忘れ”してしまうのだろうか。謎は尽きない。
 1月はバナナマンに申し訳ないことをしたが、9月はインパルスにあやまらなければならない。堤下くんの名前はすぐに出てきたのだが、問題は「板倉」くんの名前であった。かなり重症の“ど忘れ”だったので、ネットで調べてようやく板倉くんの名前を思い出したことを覚えている。
 また、上島竜平の「竜平」がなぜか出なくなったのも不思議な現象であった。普通、上島は忘れても、竜平は忘れないだろう。それが記憶から飛んだ。飛ぶと思い出す手がかりがなかった。かなりの時間苦しんでようやく思い出し、すかさず書にした。二本線はその喜びを示している。
 しめにあたって言っておくが、嫌いで忘れるわけではないのである。その証拠に、私は川原亜矢子も天海裕希も大変気になる。だが、にもかかわらず忘れる。もしかするといったん忘れ、必死で思い出すことが、私にとっての最高の愛情表現なのかもしれない。
 これを“ジュリア・ロバーツ現象”と呼んでおきたい。
 今回の旅は以上だ。

ど忘れ書道

いとうせいこう プロフィール

1961年03月19日生まれ/東京都出身
講談社の雑誌編集者を経て、現在はクリエイターとして活字、映像、音楽、舞台、NEWメディアなどジャンルを超えて幅広い活動を行っている。ベランダ園芸を綴ったエッセイ集『ボタニカルライフ』(新潮文庫)、『自己流園芸ベランダ派』(毎日新聞社)やCDアルバム『MESS/AGE』など作品多数。昨年より園芸ライフスタイルマガジン『PLANTED』(毎日新聞社)の編集長も務める。この11月より身近なGREEN=緑から環境を考えるラジオ番組『いとうせいこうGREEN FESTA』(文化放送・土曜18:30〜19:30)に出演中。

 

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