Burning Man, Zapatista Reportage

「How's your burning ?? (どう? 調子良く燃えてる??)」
とにかく毎日、出会う人すれ違う人に声を掛けられる。そう、Burning Manはあの有名なManと呼ばれる木製の巨大人形を燃やすだけではない。すべての参加者が祭りに燃え楽しむことが大切なのだ。
1986年サンフランシスコのベイカービーチで、ある男が恋人との関係のストレス解消に木製の人形を燃やした。そのぶっ飛んだアイデアが西海岸のアンダーグラウンドアートシーンを驚かせ、多くのアーティストがベイカービーチに集まりはじめた。その後噂が噂を呼び、次第にメガビックアンダーグラウンドフェスに成長していった。そして1990年から東京23区よりも広い砂漠である、ネバダ州「ブラックロックデザート」で開催されるようになった。
とにかく会場はバカでかい。それはもう会場というよりは一つの街である。一年に一度だけ、それも砂漠の「ど真ん中」に世界中の人々が引っ越してくる。今年バーニングマンの参加者は4万7000人を超えた。
街は15mほどの巨大木製人形「Man」を中心に広がり、それを囲むだだっ広い砂漠のスペースは「プラヤ」(スペイン語でビーチという意味)と呼ばれている。プラヤには数々の体験型現代美術(視覚系、聴覚系、触覚系など)や10mを超える彫刻などのアートが展示されている。そして一番外側を住民の住処であるキャンプサイトが囲んでいる。夏の終わりの一週間だけ突然砂漠に現れるその街は「ブラックロックシティ」と名付けられた。
砂煙に巻かれながらブラックロックシティの住民はアートカーと呼ばれる車や自家改造された自転車で街中に展示されたアートの中を移動する。街の中でお金を使うことは一切禁止されていて、「No Spectators(傍観者になるな)」という合言葉において、すべてがギブ&テイクで成り立っている。
毎朝パンケーキを出すキャンプは長い列ができ、至る所にバーがあってマイカップを持っていくとアルコールをチャージしてくれる。砂漠の真ん中でのシャンプーサービス。そのあとに食べた5時のアイスの味は格別だ。とにかく毎日50以上のイベントが至る所で24時間行われている。朝の10時から行われるライブ・セッションが気持ちよかったり夜は夜で一晩に20ヶ所以上パーティーがあって、それぞれ好き勝手に楽しんでいる。そうかと思うと、カップル専用シークレットスポットマッサージ教室、恋人がいない人のための裸いちゃいちゃキャンプなんてものもある。アート、パフォーマンス、音楽、飲食、癒し、笑い、エロ、そして全く理解不可能のナゾ系などオールジャンルで楽しめる。それはもう「闇鍋」に近い。しっかりプログラムをチェックして出掛けていってもそこに辿り着けないことがほとんどだ。テキトーにぶらぶらして、その場その場で発見したり出会う方が意外に面白かったりする。それはもう言葉では言い表すことが不可能な、カテゴリーを超越したクリエイティビティ大放出の冒険である。
今年2007年のバーニングマンはアートテーマが「greenman」で、自然現象がフリークアウトしていた。皆既月食で始まり、街が2m先も見えないほどの砂嵐に飲み込まれたり、にわかに雨が降った後、突如二重の虹が姿を現した。そして最終日にメインイベントである、Manがブラックロックシティの住民全てに囲まれ燃え尽き名残惜しさを残しつつ終焉を迎えた。
もともとバーニングマンは数十人程度の知る人ぞ知る祭りだったのが、近年のインターネットの普及によって一般化し、ブラックロックシティの人口が急増する。爆発的人口の増加にともなって、ゴミ処理などの環境問題や祭りの大衆化そして商業化が、開催者や長年の常連参加者の頭を悩ませる。今年第一日目にManが早くも燃やされるという事件があったが、それはバーニングマンフェスのコマーシャル化に対しての抗議であった。佳祭薄命、そんな言葉が頭に浮かぶ。
賛否両論がある現在のバーニングマンではあるが、祭りという形にこだわらず一つのカルチャーとして人々の心に広がる可能性を期待したい。


メキシコ発21世紀型覆面パンチ
1994年1月1日メキシコ南部マヤ系先住民主体の覆面集団が、北米自由貿易協定(注.1)発効に反対し、武装蜂起をともなう反政府行動を開始した。一夜にして全世界にその名を轟かせた彼らは、サパティスタ人民解放軍(Ejerclto Zapatista de Liberacion Nacional : EZLN)と名乗りを上げた。
「檻に入れられていることに気付かないのは幸せだ。だが檻から出て本当の自由を手にした者はもっと幸せだ」
-マルコス副司令官-
スペイン軍の征服から約500年、家畜同然に扱われて、忘れられて無視され続けたメキシコインディアンの歴史。
彼らは言う。それまで置き去られてきたどこにでもいる先住民の顔を覆面で覆うことで初めて人々の目に留まることができ注目を受けて発言ができると。彼らは12日間の戦闘後和平協定を結び、一時停戦をむかえてその後、銃をペンや武器に持ち変えた彼らは独自の先方である「サパティスタスタイル」の基礎を形成していった。
言葉を武器に、楽器を武器に、歌を武器に、ARTを武器に
彼らが得意とするのはインターネットやラジオを駆使したサイバー空間での活動、強いメッセージ性をもった壁画等の創作活動、フェアトレードによる有機栽培コーヒーの製造販売。そしてサパティスタを語る上で欠かすことの出来ない現代のチェ・ゲバラ「マルコス副司令官」のスポークスマンとしての存在と彼個人の小説家としての創作活動等がある。その彼らの高いクリエイティブ志向が共感の輪を広げ、更なる独創的なフィードバックを産んでいる。
日本でもフジロックや数々のイベントで活躍するMANU CHAOはマルコスの演説を入れた楽曲やDVDを制作。
RAGE AGAINST THE MACHINEのザックはデモに参加したり、難民キャンプを訪問している。そのほかHIPHOPのDead Prez、Punk RockのAnti Flagなど多数のミュージシャンによる指示、支援の作品が発表されている。
またアートテロリストBanksyがサパティスタの自治区内に壁画を残している。こうしたカウンターカルチャー界の多大なバックアップでサパティスタムーブメントは若者からの英雄的人気を得ている。
メキシコのジャングルからやってきた覆面の戦士サパティスタ。彼らのぶっ放した最初の一撃から13年。
現在も成長し続ける、まぎれもない現在進行形の革命。彼らのその新しい歴史はまだまだ始まったばかりである。


AZM プロフィール
1982年8月23日生まれ/京都府出身
基本、世界中でふらふらしながら、アートしてます。新しいところに冒険したい。新しいことに挑戦したい。とにかく遊んで暮らしたい。それが一番人生をエンジョイしてます。ノースカリフォルニアで私を捜してみてね!メキシコにもよくいます。
http://www.geocities.jp/sancristobal_casakasa/で女将として、やってます。




































