カリスマ店員からセレブ社長へ
YOCO MORIMOTO DESIGN OFFICE 代表取締役。Kari Ang プロデューサー。
YOCO MORIMOTO DESIGN OFFICE 代表取締役
「KariAng」「Banker」「DreAng」プロデューサー兼デザイナーの森本容子さんに、これまでの自分の軌跡を語っていただきました。
「KariAng」「Banker」「DreAng」プロデューサー兼デザイナーの森本容子さんに、これまでの自分の軌跡を語っていただきました。
そういうところから、私も影響を受けたんじゃないかな。
昔からバービー人形を十何体も持っていたり、CMでやってたシルバニアファミリーのおもちゃを持っていたり、ああいう洋服を着替えたりできるオモチャが大好きだった。小学生になってからは、私も実際に縫い物をしてみたりしたし。
最初にやったバイトはモスバーガー。
高2ぐらいからはケンタッキーでバイト。その理由はエプロンがかわいいから。ハイウェストで巨乳に見える感じだから選んだ。巨乳じゃないんだけどね。時給は750円とかだったかな。
でも、私はだめバイトだった。
ツイストパーマかけたら、キャップが乗らなくなっちゃって、結局、それで辞めた。店長、びっくりしてた。そんなんで辞めるのかって。
その頃、サーフィンばかりしてたから、夏は鹿島、冬は鵠沼とか海ばかり行ってた。月に2、3万しか稼いでなかったんじゃなかったかな。
ファッション誌は、読んじゃうと、欲しいものばかりになっちゃうからあまり読まなかった。たまに友達の『SEVENTEEN』読んでたぐらい。
スニーカーからドクターマーチン、ローファー時代。今から考えると、そのときが1番黒かった。その上、がりがり。黒くてがりがり。第一印象が悪かった。それはいまだに同じ。話さないと感じが悪いって言われる。
その頃、友達に会うためだけの学校生活だった。親もダブらなければいいと言っていたし、そんな感じで3年間過ごした。
高校を卒業して、建築の専門に行ってたから、その掛け持ちで、春休みはフルで働いた。基本は金曜の2時間しか働いてないのに雇ってくれて……あとは土日かな。時給は900円ぐらい。そのときは分からなかったけど、なかなか不思議なシフトだったと今は思う。
何もできない私に掃除やディスプレー、電話の出方、ガラス拭きなんかを教えてくれた。でも、「お前、どーのこーの」とかって男言葉を使う女店長に叱られて、びっくりして泣いたこともあった。でも、いろいろここで教えてくれたから、次のバイトが楽だった。
そのとき好きになった男の子の気を引くためにモデルをやってみたりした。そのときも「自然」な流れがあって、モデルやったら振り向くかなと思ってたところで、モデル事務所に声をかけられた。
だけど、結局、その子とは付き合うことができなくて、モデルをやめようかなって思った。それに事務所のほうから、オーディションに行くように言われるようになって、いろいろ厳しくなったから、それじゃあ、やってる意味がないと思って、やめた。
ショップマイ時代には、『Egg』で「店員の1日」みたいな感じで特集されたりして、時々、雑誌に出るようになった。
ショップマイのサンシャインユーの店に移ったけど、でもやっぱりサーフブランドを着るのがイヤで、女の子のお店で働きたいと思って、サーフショップの下の階にあったカパルアで働くことにした。
その後、私はイヤだったのに、109に移動させられることになって、ここでも全然働かなかった。そもそも働くのが得意じゃなかったんだと思う。
だけど、遊ぶためだけの仕事でお金は全然なかった。クラブ、ご飯、デートに使っちゃうし、すぐ洋服に消えちゃって、お財布の中には常に500円だった時期が長い。タクシーなんて乗れないし、男の子にいろいろ払ってもらうのが当たり前って時期だった。
別に自分はお金持ってなくても、まわりの友達に払ってもらえばいいじゃん、みたいな。水商売みたいだよね。
私はホントになめてた。悪気はまったくなかったけど、フレンドリーな人がまわりにいっぱいいて、助けてもらってた感じ。なめてた時代。
エゴイストのオープニングスタッフ募集があった時期に履歴書を持って面接に行った。
それから109の作戦で、雑誌に出まくるようになった。
最初はモデルでもないのに寒いと思ってたけど、どうせ載るなら大きく出たいと思うようになっていった。飽きられないように髪型を変えたりして。
まあ、もって半年ぐらいかなと思っていたんだけど、どんどんエスカレートしていって、人気とか出てきて、なんか怖くなってきた。
大宮のショップとかで、キャーキャー言われて、イベントに出て、手を振ったりしていたけど、勘違いやろーに思われたくなかったし、嫌われたくない感とかあって、とりあえずお辞儀ばっかりしてた。今でも、それはそうかもしれない。
森本容子(もりもとようこ)プロフィール
1977年7月13日生まれ/埼玉県出身
KariAng新ショップオープン、他のブランドとのコラボ、vanilla confusion アドバイザー就任等、多岐にわたり活躍中。(KariAngはこの秋2店舗のオープンを控える)





































